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幅11.7cm×11.1cm 高さ9.1cm
本作は、江戸初期の巨人・本阿弥光悦が遺した国宝の楽茶碗「不二山」への深い敬意と、現代における再解釈から生まれた作品です。光悦の「不二山」は、その造形と景色において唯一無二の存在であり、日本陶芸史においても特異な位置を占めます。その精神性を汲みながら、柳下様は「白」という静かで力強い表現を通して、新たなる「不二山」を焼き上げました。
フォルムは、手捏ねによる柔らかい半筒形。掌に収まるその形は、どこか有機的でありながら、偶然性と意図のはざまにある絶妙な均衡を保っています。器の腰から口縁にかけては、乳白色の釉薬がふわりと立ちのぼるようにグラデーションを描き、まるで雪化粧をまとった富士の稜線を想わせる景色が広がります。
その白は、単に明るい色としての「白」ではなく、層を成し、透けるような深みと奥行きをたたえた「静けさの色」。和紙のようにやわらかく、光をやさしく受け止め、視線の奥に静けさを差し込んでくるような質感です。見る者の心は自然と鎮まり、時間の流れがゆるやかに変わっていくのを感じさせる不思議な力を宿しています。
本作の下部には、焼成の際に現れる炭化を思わせる濃淡が控えめに施されています。黒とも灰ともつかぬその色は、単なるコントラストとしての効果を超えて、器に奥行きと物語性を与えています。それはまるで、過去の記憶や、沈黙の中に沈んでいる時間の蓄積が表層に浮かび上がってきたかのよう。柳下様が長年培ってきた焼締技法や登窯・穴窯の経験が、ここに静かに反映されています。
《白不二山茶盌》最大の魅力は、この「白」が色としての主張を超え、「語る余白」として機能していることにあります。それは、描かれぬものが語り、沈黙の中に響くものがあるという、日本美術の本質的な価値観と響き合います。
俵屋宗達の金地に浮かぶ風の流れ、尾形光琳の銀泥に漂う静寂、水墨画の中にある「描かれざるもの」の余情、そして書における墨と余白の関係。それらと同じく、この茶碗の白は、存在と不在、音と無音、形と空間の間にたゆたう美の感性を私たちにそっと差し出してきます。
白は、冬の雪に始まり、春の梅の花びら、夏の光にきらめく朝露、秋の霧のヴェールへと移ろっていきます。そうした自然の記憶が、この茶碗には静かに封じ込められています。器に湯が注がれ、湯気がたゆたうその瞬間、まるで月光が射し込む夜の山肌に触れているような幻想的な時間が生まれます。
湯気に濡れる釉薬の表面には、細やかな貫入(かんにゅう)が現れ、微細なひび割れが時間とともに表情を変えていきます。それはまるで器自身が呼吸をしているかのようであり、自然の中にある命の循環を私たちに想起させます。
柳下 季器(Hideki Yanashita) プロフィール
陶芸家 1967 –
東京都生まれ。現在は三重県伊賀市を拠点に活動。桃山時代のやきものに魅了され、陶芸の道へ進む。信楽での修行を経て三重県・伊賀に自ら穴窯を築窯し、「神田窯」を開窯。杉本貞光氏に薫陶を受け、侘び寂びの世界を独自の視点で深く探求しつつ、楽焼や焼締、井戸、織部など多彩な作品を制作しています。柳下氏の創作において重要なテーマとなるのは、先人の技法や精神を深く学びつつも、現代の素材や独自のアプローチを取り入れることで生まれる新たな極みへの探究です。その作品は時代に左右されない本質的な美を問いかけ、観る者をより深い芸術の世界へと誘います。
活動拠点
三重県・伊賀
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